「芳垣祐介を語る」シリーズ前編は、20年来にわたり、芳垣さんとともに幾多の作品をつくってきた今石洋之さんにお話を伺いました。GAINAXの入社から『フリクリ』『天元突破グレンラガン』、TRIGGER設立から『キルラキル』『宇宙パトロールルル子』まで。今石さんだから語られる、芳垣さんのアニメーターとしての魅力とは?
——今石さんは芳垣さんと20年来のお付き合いだとか。そもそも芳垣さんとの出会いは何だったんですか?
今石 GAINAXの入社試験ですね。僕の後ろの席で芳垣が試験を受けていて。終わったときに「どうでしたか?」という会話をしていて。そのあと合格して、僕と芳垣ともうひとりの3人が同期としてGAINAXで働くようになったんです。同じタイミングで3人は動画の研修を受けて、TVシリーズの『新世紀エヴァンゲリオン』の動画で初仕事をしたんです。そうして動画をやっているうちに3人のうちひとりが辞めてしまって。僕と芳垣が1年半くらいたってから原画試験を受けることになり、原画になりました。
——当時の芳垣さんはどんな印象をおもちでしたか?
今石 同期の中で絵が一番上手かったんです。結城信輝さんの絵が好きだとか、桑田次郎の漫画が好きだったり、好きなものだけが好きなタイプ。そもそもアニメーターになればお金が儲かると思って、GAINAXに来たそうですから、知識は偏っている(笑)。ただ、絵を描くことがとにかく好きで。そばにあるものをスケッチするとか、オタクっぽい絵にこだわらず描いていた。そこが、いわゆるオタク絵ばかり描いてきた僕とは違うなと思っていました。
——芳垣さんの初原画は『スレイヤーズNEXT』。これは今石さんもごいっしょされていますね。
今石 そうですね。僕らが原画になって、当時のGAINAXの近所にイージー・フィルム(『スレイヤーズNEXT』の制作会社)があったから、当時の制作が取ってくれた仕事です。たぶん鶴巻(和哉)さん(『新世紀エヴァンゲリオン』副監督)が「『スレイヤーズ』がいいよ!」と言ってくれたからだと思うんですけど。たしか最初の作画打ち合わせは、鶴巻さんが同席してくれたと思います。ここからしばらくは芳垣と僕はセットで仕事を受けることが多くて。1998年ぐらいまではほぼ同じ作品に参加していると思います。
——当時のGAINAX若手コンビだったということですね。おそらく当時から今石さんと芳垣さんのアニメーターとしての持ち味は違ったと思いますが、それぞれの担当するパートや得意とするカットの傾向にはどんな違いを感じていましたか?
今石 僕はアクションが多いカットばかりやりたがっていましたけど、芳垣はそうではなかったですね。キャラクターデザインの特徴を抽出して、もとの絵に似せることは僕よりもはるかに上手いと感じていました。彼は否定するかもしれないけど。僕と比較すると、僕はためこんだ知識と趣味の中で絵を歪ませてきた気がしますけど、彼は絵が素直なんですね。オタクとして歪んだところがない(笑)。『小さな巨人ミクロマン』の第26話で漁船で働いているおじさんたちのカットの原画をモブキャラのデザインごと引き受けて、さらっとこなしていて。これはそうそうできる仕事じゃないなと。あと佐伯(昭志)くんが演出をした第39話では「ヒロインの女の子が友達と帰り道に歩いていると、河原で主人公の男の子が草野球をしていて、ヒロインに声をかけるんです。するとヒロインが『気があるんじゃない?』と友達からからかわれる」というシーンがあったんです。これはシナリオにもなかったシーンだったと思うんですが、いわゆる日常のしっとりとしたシーンですよね。そこをさらっと丸々描いていて、日常の観察力が活かされているなと感じましたね。モブキャラをデザインから起こしてキャラのありそうな“感じ”を描くとか、実物をしっかり観察をして描くとか、そういうところは今でも全く変わっていませんね。そういうところを押しつけがましくなく、さらっとやる。そこは彼が昔から現在までずっと一貫しているところです。
——『フリクリ』以降、今石さんが絵コンテ・演出、監督を担当する作品でも芳垣さんは活躍されています。今石作品にとって、芳垣さんとはどんなアニメーターですか?
今石 僕が演出(絵コンテ)で作品に関わるときは…芳垣に冒頭のつかみをお願いすることが多かったですね。キャラクターがわちゃわちゃして盛り上げて、上手く本編のストーリーに着地させるという。やりすぎないし、物足りないことがない、バランスが良かったですね。『アベノ橋魔法商店街』第3話や『フリクリ』第5話でも冒頭をお願いしました。『DEAD LEAVES』でもかなり描いてもらっていますね。芳垣は『モンティパイソン』的なブラックジョークの素養もすごくあるんですよ。アニメっぽくキレイなものをキレイに描くとだけではなくて、キタナイものも面白がってかつ不快じゃない感じに描いてくれるというか。昔のアニメを見ていないといっても、僕と同世代だし、自分とアニメーターとしての基礎がほぼ同じ。現場で見てきたものも教わったものもほぼ同じで。「本田(雄)さんだったら、こういうことをしない」「鶴巻さんならこうする」といった「こういうカットはここまでやらないといけない」という感覚がほぼ説明不要なんです。だから『天元突破グレンラガン』や『キルラキル』では本当に助かりましたね。とくにTRIGGERを作って、若手にたくさん参加してもらった『キルラキル』のときは、芳垣の存在が本当に助かりました。
——芳垣さんのアニメーターとしての魅力は何だと思いますか?
今石 芳垣はスケッチを見るとリアルっぽい絵も描けるし、『リトルウィッチアカデミア』のようなカートゥンっぽい絵も描ける。それだけではなくて、彼の持ち味は「アイデア」なんですよね。オーダーされたことをそのままやるのではなくて、徹底的に調べて、自分なりのアイデアを盛り込んでオーダーに応えてくれる。たとえば「ケータイ電話の設定が欲しいけど、箱でいいよ」というオーダーがあった場合、多くの人がそのまま「箱」を描いてくるんだけど、芳垣は「自腹」でケータイのケースを購入して——この「自腹」のところが彼の美学でもあるんだけど、モーレツに資料を集めて、モーレツに考えて「2パターン出来ました!」と戻してくれる。しかも、2パターン完成した原画で。いやいや、もっと前に相談してくれれば1パターンで良かったのにと思うんだけど(笑)。あと、芳垣はストイックな絵を描くんですよね。たとえば、キャラクターがこっち(カメラ)を向いてにっこり、といういわゆるグラビア的な絵は描こうとしない。あくまで「そのキャラクターが行動しているところを捉えた絵」しか描かない。いわゆる版権イラストや雑誌の表紙ような絵を描くのは苦手なんだと思います。そのあたりは吉成(曜)さんと似ているところがありますね。それから、芳垣は「フレームの外で仕事する」んです。『メダロット』をやっているときにモブキャラのおじさんがタバコを吸っているカットがあったんです。ところが煙が画面内にあるのに、タバコを持つ手がフレームの外にあるんです。「なんでこんなことするの!?」とあわててフレームをずらして、タバコの手を入れたりして(笑)。フレームに収めるというアニメ的なウソを受け入れたり、画面内でカッコつけたいという邪な気持ちがほとんどないようなんです。
——今回、芳垣さんの個展(原画展)が開催されます。20年来の付き合いである、今石さんが楽しみにしていることは何ですか?
今石 本当にうれしいです。芳垣は目立とうとしたりメジャー志向があまりなくて、むしろマイナー志向というか、自分自身をそこまで前に前に押し出そうとはしない。作品の中で描かれる自分の絵だけで表そうとする。ある意味で「あるべきアニメーターの理想の姿」ですよね。アニメーターの在り方としては、すごく理解できるし、自分としては羨ましく見える存在です。だからこそ今回、芳垣にスポットが当たって良かったなと思っています。
今石洋之
いまいし・ひろゆき/1971年生まれ、東京都出身。TRIGGER所属のアニメーション監督、アニメーター。監督作に『DEAD LEAVES』、『天元突破グレンラガン』、『パンティ&ストッキングwithガーターベルト』、『キルラキル』、『宇宙パトロールルル子』がある。
取材・文 志田英邦
撮影 立川政吉
関連記事
『芳垣祐介原画展 〜The Art of Little Witch Academia〜』
『芳垣祐介原画展』開催記念 鶴巻和哉が「芳垣祐介」を語るインタビューシリーズ(後編)